はな子の一周忌
はな子の一周忌
1年は早い。まあ、1年は1年でしかないけど。墓はまだ作っていないが、また法事の季節。福井へ帰ってやるのも一つだが、実はあまり付き合いたくない正善寺の世話になるのは避けたかった。福井で正善寺以外でやるとややこしい。こちらはそんな気はないが、向こうは檀家だと思っている。何度はお金を無心するような手紙がきた。はな子の葬式までは西瓜屋との関係が残るので正善寺との付き合いも止むを得ない。しかし、はな子自身は正善寺を嫌がっていたのも事実。いつもお金の話をするから嫌になったのだろう。
NHKとか日経の記事でおぼうさんドットコムの話が出ていたので早速コンタクトして費用を聞く。見積もりをFAXしてもらった。思ったより高い。5~6万円は軽く越えるかも。見積もりで嫌だったのが、分けの分からない移動費。都内5千円で、ここは1万円。本部は稲田堤あたり。稲城市。隣町じゃないか。それが北区とか葛飾区とかの遠地より高い。完全に馬鹿にしている。
で、直接自分でお寺探しを始めた。浄土真宗で市内にあるお寺。ホームページの構え。グーグルマップでの記載状況。数が少ないから絞込みは簡単。お西お東は不明。西善寺。西善寺でも御東様でお経が違った。お袋も困惑しただろう。問合せで電話に出た女性は若い坊さんの母親で丸岡出身とか。驚くね。お経は違ってもまた土産話が出来たかもしれない。
本願寺への納骨のケアを女帝に頼んでいるが、結局何もやっていない。
過去 30 日間
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「心の張り」って良く聞くが、マルが亡くなって2日目。どういうものだろう。何もやる気がしない。何かしても気が入らない。マルのケアといっても大層なことをしていた訳でも無いのに。いつも気に掛けていただけなのに。 でも、考えれば、生活の全てにマルがいた。生活のリズムそのものがマルをベース...
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はな子が生まれたのは、大正6年9月3日。巳年である。蛇年である。越前福井の山間にある20軒ほどの小さな村である。「甚作」と「まつ」の夫婦の最初の子として生まれ、はな子の後に長男の甚吉、次女の栄子が続いた。 《 大正6年 》
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また金曜日が来た。 マルが逝ってから、3週間。もう随分と経過したように思って、まだ3週間しか経っていない。 不思議だね。未来を描くときは、其処にはいつもマルが居る前提だったな。 マルが居ないと未来まで無くなったみたいで。 老後も、傍にはマルがいると思っていた。
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「はな子」は既にいい年になっていたこともあっただろうが、バスに乗っていて転倒事故を起こした。バス会原因がバスの運転にあるかないかは分からないが、バス会社からは何の挨拶も無かった。 兎に角、入院先へ家人に介護に出てもらうだけで頭がいっぱいになっていたようで、原因も本人の病気という判...
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ヨックモックの「ドゥーブルジュレ」の詰め合わせ。長野東急から逐語に先に送る。楽天だとこの商品はながの東急のみの扱い。 1箱3150円。 自分用にもと計10箱を手配。
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